極めていない感
2016/08/09
手帳のおぼえを見返していたら「極めていない感」と書いてあった。
いつ書いたんだろうって思うし、その時の気持が思い出せない。
たぶん酔っていたんでしょうね(笑
湧きでたキーワードだから、勿論自分の中にあった事だから、
今の自分なりに翻訳してみると、きっと下記のようになる。
「極める」事は素晴らしい事。
でも、それに至った人って居るのだろうか?
刀鍛冶は脈々と技術を受け継ぎながら、未だに鍛錬してる。
満足できる刀を世におくり出す。
でも、世に出た途端に、次への鍛錬へ続くのだと思う。
完璧を求めるストイックな姿勢だ。
言いかえれば、「今」完璧と感じる刀を世におくりだしているのだろう。
当然の事ながら、ボクは何一つ極めた事柄はない。
人としても穴だらけだ。
そんな事は、重々知ってる。
先日も、みゆきのオカンへのセクハラ疑惑をかけられた程だ。
まあ オモロイから良かったけどもや。。
極めるというのも3次元。時間軸が入り込むという事なのかもしれない。
今日の、アレは完璧だったっというように、人の記憶に残るものではないだろうか。
だとしたら、やはり届くことがない。
その記憶を頼りに、それがいつでも「今」の時点で繰り出せるように努める姿勢であるだろうから。
極めるというのは、残らない瞬間の芸術。
姿勢なのだと思う。
人間には「求める」という、素晴らしい本能が埋め込まれてる。
「極めていない感」も本能の一つ。
理性で抑えこもうとしても、きっと抑えきれない本能。
何故なら時間とともに変化するものだから。
これまで「謙虚さ」は理性だと思ってた。
でも、これは裏返せば「謙虚さ」という本能でもあるとも感じてる。
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Comment
この記事を読ませてもらって、極めたいという思いは希望の祈りに似てると思いました。
望めば叶うと信じ続ける力、その過程で感じるステップアップ感。
1つステップアップするごとに次のステップが見え、またそこを目指す。
目指して進む方法、もっと!を求める意欲の一つとしての情報収集。
それが謙虚さにつながるものとも思いました。
よって、飛躍かもしれませんが、謙虚さは実力から生まれるものと確信します。
よっしーさんのテキストには、積み上げてきたキャリアと確信が底にあって、そこからもっと!を望んで生まれる意欲が、人に対する丁寧さや謙虚さとして表れているように思っています。
コメント有難うございます。
折角書き込み頂いてましてのに、気付かず失礼しました!
お久しぶりです。お元気にしておられましたか?
「謙虚さは実力から生まれるもの」素晴らしい発想ですね。
その根底になる事は、きっと「行動する」事になりますよね。
ボクも心から賛同申し上げたいと思います。
今、目の前で、完璧と思えることは、形状的にも文化としても不変と思えないのです。同じものがクリエイトできない。
環境や時間で、色々な要素で変遷していきますよね。
これは人に宿っている「求める」という本能によるものかなと思いました。
幸せって、人と比べるものではなくて、自分がそう思えることが最高ですよね。
相対的なものじゃなくて、自分の内にあるもの。
これは普遍だと、そう思うんです。
その狭間で生きていますから、何かと思うことが沢山出てきます。
こと事業者においては、目の前に有ることを不変と思っていると時間軸に押し流されてしまうように思うのです。
例えばですが、スーツ姿でちょんまげって無いですから。今後あるのかもしれないけど。でも今は無いですもんね。
今目の前にあることに感謝するよう、謙虚になれるよう心がけたいなって
そんな風な事を思って書いたブログでした。
また遊びに来て下さいねー(^^)